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テニス合宿 [スポーツ]

会社の同僚にテニスをしようと誘われた。
最近我がチームではとても流行っているのである。
いまさらテニスを始めようとは思わないけど、19歳の時1ヶ月間だけテニススクールに通っていた。
また、我が母はテニス大好き人間で、子供の頃、よく教えてもらったものだ。
一応サーブは上から打てる(と、思う)ので、せっかくの機会に参加させてもらうことになった。

ところがだ!
問題があったのだ。
まず第一にスケジュール。今週末の土日で合宿に行くのだが、土曜日は朝から英会話なのだ。
当然集合時間に間に合わないため電車で成田まで行かなくてはならない。
そしてだ、日曜日は11時からダンスの練習が新宿である。
朝一番に帰ってこないと間に合わない。
なので合宿に参加するとはいえ、誰よりも短い時間しか参加できないのである。

そして第二の問題。
ウエアーがない。まあなんでもいいとは思うんだけど、10年以上前にスクールに通っていた時の
ウエアーは、ダサダサすぎる。なんてったって、ゴムで足首がキュっとしまっている
タイプのパンツなのだ。
そして実家の納戸を探したがラケットも行方不明だった。
仕方ないので、母のラケットのお古を借りることにした。
ラケットはかっこいいのをゲットしたが、ラケットケースがないことに気がついた。
さらに納戸をさらに探したら、一つカビカビのラケットとラケットケースが見つかった。
カビの生えたラケットケースを雑巾でふいて、やっと準備完了。
ケースとラケットのメーカーが違うけど、気にしない!っていうか気づかれないはず。

第三の問題。
果たして本当に私はテニスができるだろうか。ブランク10余年。
頭の中でイメージはできても、実際、体が動くのとは別問題である。
颯爽とラケットをふり、ネットぎりぎりのナイスショットが決まるイメージしかできない、
でも、果たしてどうやって打つのだったか。

きっと来週の月曜日は筋肉痛バリバリなんだろうな。
そして、実はドン臭い私のキャラが、会社の同僚たちにバレてしまうのか。
あーとうとうカミングアウトですよ。運動神経のなさを・・・。

ちなみに付け加えると、私はよく見た目運動ができそう、足が早そうと思われていたらしい。
しかしそれは見た目のハッタリなのだ、
何を隠そう、中学3年の時、嫌がる私をクラスメイトが運動会リレーの選手にさせたのだった。
しかも紅白リレー。3年D組だったので、なぜかアンカーになってしまったのだ。
私は忘れもしない赤組。白組との点差は10点でわずかに赤がリード。
最後の紅白リレーで決着がつく緊迫した場面。

「た、たのむ。ビリでバトンを渡してくれ・・」と思ったが、
なんと8人中2位でバトンが回ってきてしまった。クラスメイトの応援は白熱。
初めてのリレーの選手に選抜されたので、親もはりきって娘の晴れ舞台を撮影すべく、
ビデオを購入していたのだった。
応援席からはりきってビデオ撮影する父。見守る母。
そんな周りからのプレッシャーを感じつつ2位でバトンをもらい
ゴールめがけて一目散に必死で走っている、つもりだった。
・・・結果は一気5人に抜かれ8位。
緊迫した紅白の試合も一気に冷め、見事に赤組が負けたのであった。

帰り道、泣きながら家路につく私。
クラスメイトを恨み、自分の足の遅さにびっくりし、そして何より両親に申し訳なく思い・・・。

追い討ちをかけるように、家に帰ると嬉しそうに父が
「ビデオ撮ったよ。」といって、見せてくれた。
無気力にTVの前に座る私。映っていたものは、ほかの選手にことごとく抜かれていく私、
客観的に見ると、一人だけ歩いているように見える。
「なんで、こんなの見せるの!!」と怒り狂い部屋に閉じこもった思い出がある。
今となってはネタの一つだけど、そのときのトラウマが忘れられず、
人前でダンス以外のスポーツをするのが大嫌いである。

今思えば、父にとって、ビデオ撮影は、リレーで私が抜かれようと、一番になろうと順位なんて
関係なくて、購入したビデオの写り具合と走っている私を見せたいという
親心なんだったのだと思う。
でも幼い私にとって、拷問のような時間であり、思い出である。

そんなわけで、週末のテニスも不安で一杯なのだった。
テニスの感想は、後日アップの予定。


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