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え?今日なの!! [妊婦生活]

はい、今日が予定日!!でしたが、あっさり超過(泣)
今まで今日このときを目標に、妊婦生活をしてきたのに・・・・。
ゴールが遠のいていく~~。

今日は40週の検診。
先週の今頃は、さすがに予定日には出てくるのでは?と淡い期待をしていたけど、
その期待は見事に裏切られた。
ベビ子は一番下にいるものの、未だに子宮口が全く開いてないらしい。
ほんの少しでも開いていれば、ドクターの内診でグリグリして
開くことができるみたいだけど、今日試してもらったけど、ビクともしないらしい。
涙が出るほど、痛かったけど。

というわけで、このまま妊婦生活を続けて、開きを待つと、
ベビ子が弱って死産してしまうらしい。
特に42週過ぎは非常に危険だということで、
来る11月27日深夜、誘発分娩入院することに決定。

もうこの日が、安全に出産できるギリギリの日だそうで、
夜中の12時に病院に来てくださいとのこと。
来週から週2回、NSTといって、ベビ子の動きを見る検査をして
少しでも異常があれば、即、誘発分娩に切り替えるとのこと。

さすがに毎日、結構ウォーキングしてるにも関わらず状況が変わってなくて
かなーり凹んだ我ら。
死産、っていう最悪のリスクを聞かされ、さすがにショック。
今は心音も普通、先週よりも腹のサイズが2cmも大きくなるなど、育っている感があるけど、
正直、ドクターの言葉を聞いて、泣きそうになってしまった。

ショックを隠しきれず、帰りにお茶するのに寄ったダンキンドーナツ。
気分転換に甘いものってことで、
ドーナツ2つを頼んだ後、何フレーバーのコーヒーにしよっかな~と考えてたら、
レジのおばちゃんが、「Decaf(ノンカフェイン)でしょ?」と笑いながら言ってきた。
「あ、そうそう」って言い返すと、「予定日はいつなの?」って。
「実は・・・。今日なんだけどね・・・」と言ったら、
2人いた店員が「Oh! Really?」とめちゃくちゃ驚いてた。
私には7ヶ月のベビーが居るのよ、というその店員、
「きっと外が寒くて、お腹の中が暖かいから、まだお腹にいたいのね。」と
泣きそうな私を励ましてくれた。



正直、この言葉が心にしみた



開き直るようだけど、私の意志で、開け閉めできる場所じゃないですから。
そして前駆陣痛が痛かったり、重い体で動くのが辛い、待ち遠しい、と
一番強く思ってるのは、何を隠そう自分自身ですから。

あと自分を励ます意味で書くけど、
この日本人離れした体格で、普通の日本人と同じような
小さいベビ子が早くに出てくるはずもない。
そういえば、Hospital Tourに行った時だって、
どの妊婦よりも背が高かった私ですから。

というわけで、なんとなく出産まで毎日更新すると決めたブログ。
まだまだ、ネタ集めして、ブログ更新しなきゃ。

これからは、カウントアップだな。



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いらっしゃいませ♪ [妊婦生活]


はじめまして!! こうちゃんです。

※わが子は、まだです(笑)

今日は、先週も遊びに来てくれたmiwaさん一家が遊びに来てくれたのだ~。
妊婦生活が長引くからと、お家にあった日本のDVDを
わざわざ届けに来てくれた~。遠いのに、ありがとうございます。
そして、彼が9月30日生まれの、こうちゃん。

今日、初めて抱っこさせてもらったんだけど、
もちろんまだ首も座ってなくて、やわらかくて、めちゃかわいい。
私の顔を見て、ニコーって笑ってくれた。
うーん天使。
ウーウーアーアーと、ずっとおしゃべり。

先週は、ガラガラであやそうと思ったら泣かれちゃったんだけど、
今週はご機嫌だったのか、目がよく見えるようになってるのか、
光るものを見たり、人を見たりしてたな~。
どんどん成長していくんだね。赤ちゃんって。

こうちゃんに、「うちのベビ子が早く出てくるように、言って!」
とお願いしてしまった。 (そればっかり、ずっと言ってた、私)

しかし、ご夫婦のボケ&突っ込み会話が超おもしろいので、
大爆笑の午後を過ごしてしまった。
あー楽しかった。
きっといい胎教になったはず。

また、遊びに来てください!!


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雪の日の大事件 ~アメリカ難産出産体験記1~ [妊婦生活]

ご報告。

11月21日 14時06分EST 3288グラム(7lb 4oz)の女の子を出産しました。
人生で何度も経験できることではないので、
記憶が新しいうちにブログに残しておこうと思います。


始まりは、ここHartfordに朝から大雪が降った日であった・・・

11月20日雪。朝からボタボタと大粒の雪。
すげー、11月に雪が降る場所に初めて住んだ!とかなり感動。
寒いけど恒例のウォーキングにでかけた我ら。
コミュニティーのジムまで向かう道で、
誰も踏みしめてない雪の感触は、すっごい気持ちよくて、
傘にあたる雪の音が、大雨みたいにボツボツいっていたっけ。

ウォーキングが終わる頃には雪も止んで、一安心。
予定日が過ぎたので、この日は大きい病院で、NSTと呼ばれる胎児の動きを検査する
予約が入っていたのである。

待ち時間もほとんどなく、通された保健室みたいな部屋。
カーテンで囲ったベットがいくつか並んでいて、
お腹にモニターをつけられ、胎児の心音と動き、お腹の張りをチェック。
途中で、飲み物を飲んだら、と看護婦に薦められアップルジュースを飲む。
「動きが悪いわね・・・」と言われ続け、約30分で終了。

そして、念のため、Urtrasound(超音波)にて胎児を検診。
しかめ面で画面を見ていた検査技師さんの表情に不安を覚えつつ、
いわれた一言が。

羊水の量が少なくなっていて、このままでは危険です。」

即、ドクターより入院&出産の指令が下り、
気楽に構えていた我らは、突然入院する分娩室まで、強制連行されたのである。

時間はお昼の12時。
お腹も空いてたし、昼ごはんは昨日のコロッケを温めて食べようなんて話してたのに、
看護婦に、着替えろ、寝てろの命令をされ、いわれるがままにあっという間にガウン姿に。

「お腹が空いたので、何か食べていいですか?」と聞くと、
「出産が終わるまでダメよ」と言われ、かなーりショック。
だいたいどうやって出産するかの方法やら、
目安の時間もまだ知らされてない状況だったから、
それを聞いただけで気が遠くなりそうだった。

アイスチップと呼ばれる氷、もしくはアイスキャンディーかシャーベットならOKといわれ
早速出してもらったアイスキャンディー。

あまりの空腹に欲張って3時間で2つ食べてしまった。
これが後で命取りになろうとは、その時私はちーっとも思わなかった。(後悔)

着替えて落ち着いたら、看護婦が、
「Bunch of Questionsがあるわよ~」と言ってきた。
そういえば、Tons of とかBunch ofとかって、すっごいラジオとか口語でよく聞く表現。
確かにすごい数の質問をされた。
病歴やら、アレルギーやら、出産の方法やら、妊娠の回数やら、ありとあらゆる質問。
宗教まで聞かれたけど、一応仏教徒ですといっておいたら、ベジタリアンだと思われてた。
全部の質疑応答が終わるまで30分はかかったかな。

母国語は日本語です、と言ったら、
通訳の電話システムがあるから、どうしても質問があればそれを使って、と言われたけど、
結局使うことは無かった。
一応勉強しておいて良かった、英語。と心から思った瞬間であった。

これから出産まで、食事ができないから、点滴を。と言われて投与される。
「Vein(静脈)が出にくい体質だ」と言われ、手のひらにまで針をさされる始末。
これも結構痛かった
結局ベテラン看護婦がやってきて、あっさり手首に指されて点滴の準備完了。

14時30分ドクターの登場。
どうやって、進めて行くかを説明してもらう。

① 子宮口をやわらかくする薬を投与 12時間後にその結果を確認するとのこと
② やわらかくなったら、促進剤を入れて陣痛を起こす
③ 子宮口が10センチになったら、プッシュ開始

おそらく初産で明日11月21日の朝くらいにはなるでしょうね、と言われ、
またまたがっつり凹む。
だって、めちゃくちゃ空腹だったから・・・。(そればっかり)

しかし、この①の薬が、私とベビ子に悪夢を見せたのであった。

その2へ続く。




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10時間で1センチ~アメリカ難産出産体験記2~ [妊婦生活]

14時30分に薬を投与されてから、のほほんと過ごした2時間。
しゃべったり、本を読んだり、アイス食べたり、
そしてその間にD氏はいったん帰宅してたりと、至って余裕であった。

16時半が過ぎ、だんだん痛みが増してくる。
本来ならば、子宮口をやわらかくする薬なのだが、副作用で陣痛が起こるらしい。
この時点で7分間隔の陣痛が始まっていた私。
まだ痛みと痛みの間隔も長いし、ちょっと耐えれば痛みが治まるから、と
ロッキングチェアーに座ってみたり、他の部屋のモニターを見てみたり。

ナースたちは、これを遠隔で見ていて、胎児の心臓と母体の陣痛を
モニター管理してるのである。

チェアーに座る私。
この痛みに何回耐えると、子宮口がやわらかくなるんだろう?と思いつつ
30秒~1分続く痛みに耐える。

18時30分、陣痛の痛みが3分間隔に。
だんだん耐え難くなってくる。
そして、いつも診てくれていた主治医のアダムス先生が登場。
だんだん我慢ができなくなってきて、「痛いです!」と訴える。
で、ここで子宮口の検査をしてみたら、なんと・・・
0センチ開き
私にとっては、全く子宮口には効かず、
ただ、いたづらに陣痛を起こしていただけであった薬。

ドクターたちが、協議。どうやってこれから進めるか?という結論を待つ間に
陣痛の間隔は2分に。

子宮口が開いてないのに、陣痛だけ起こすと、胎児にものすごい負担がかかるらしい。
このときベビ子の心拍は160以上に。
とりあえず陣痛の間隔を伸ばす薬と、痛みを和らげる薬を投与される。
もう寝ていられない、うなり続ける、イタイイタイイタイ。

麻酔投与後、突如吐き気が。
麻酔の感覚で、下半身がうまく働かないけど、
ナースやD氏に支えられ、トイレへ。
とにかく痛みに耐えられず嘔吐、嘔吐を繰り返す。
このとき、余裕~♪と思って食べたアイスキャンディーたちが一気に外へ。

正直、ここからの7時間が、ほんとにきつかった。
寝ぼけながらも、「喉が渇いた」だの、「痛い」だの言った覚えがあるけど、
水も飲んではいけなかったので、アイスチップを食べさせてもらう。

すこーし麻酔が効いて、うとうとしたのが30分くらい。
22時ごろ、また麻酔が切れて、2度目の麻酔。
23時には、麻酔が切れて陣痛が1分間隔。
いくら痛くても、産めない。
泣く、さけぶ、わめく、うめく、弱音を吐く、
そんな状態の私を見ながら、看護婦もD氏も困惑。

日が変わり、11月22日になり、0時頃、再度ドクターが子宮口の検査。
やっと1センチ開いたという。

10時間かけて、1センチ。10センチまであと何時間これに耐えるのか?
そしてまた嘔吐。
もうほとんど記憶にないけど、ひそひそ話す看護婦とドクターの話では
胎児が危険な状態にあるっていうのが聞こえてきた。

そして、こんなにこの麻酔で嘔吐を繰り返す患者もいない、とのこと。
この言葉を聞いて、あ、私も、もう死ぬかも、って思った。
帝王切開でも、逆立ちでもなんでもいいから、とにかくベビ子だけでも助けて欲しい!
よくドラマで母子ともに危険な状態です。ってあるけど、
それになったら嫌だね~なんて、冗談で笑いあっていた日を思い出してた。
楽しみに待っていてくれるであろう、日本の家族、親戚、
友達の顔が思い浮かんだ。

夜中2時になり、再度ドクターが登場。
これ以上、腕からの麻酔をするのはやめて、
急遽、エピデュアルという硬膜外麻酔を開始することに決定。
これは、背中に麻酔を入れて、下半身に局部麻酔をするもので、
無痛分娩用の麻酔である。

ほどなくして、麻酔医師が到着。
この頃、私はあまりの痛みにほとんど意識が無く、
麻酔医師がものすごい痛がる私をみて、かなーり引いてたらしい。(D氏談)
「彼女は、初めての分娩なの?」と看護婦にしきりに確認していたらしい。

麻酔医師に、私の意志を確認される。
かける麻酔について、どういう作用が起こるか、薬アレルギーは無いか、
そして本当にかけてもいいのか?
などなど、質問される。
そして、意識も朦朧とした中だったけど、書類にサインさせられ
麻酔投与開始。

あっという間に右足の感覚から無くなり、痛みもすーっと引いてくる。
5分もしないうちに、今まで苦しんだことがウソのように、痛みが消えていった。
麻酔医師が神に見えた瞬間であった。

麻酔投与時、部屋から強制退出させられていたD氏。
D氏も正直ダメかも・・・と思って、ものすごい怖かったそうだ。
二人でのんびりコーヒーを飲んで、談笑していた日々を思い出してくれていたそうだ。

その3へ続く



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プッシュプッシュ ~アメリカ難産出産体験記3~ [妊婦生活]

無痛分娩。
痛みが無く、プレッシャーのみを感じるので、母体や胎児にダメージが少なく
楽に出産できる。
確かに、私みたいに子宮口が開かない、など問題がなく分娩が進むのなら
あの麻酔の中で出産できるのは、楽であろう。
せっかく無痛を選んだのに、結局本格的陣痛も体験してしまった私。

2時30分、無痛の麻酔をかけてからは、痛みという痛みはほとんど無かった。
麻酔が効き始め、部屋の電気を消してもらい、しばし睡眠。
D氏も隣のソファベットでぐーっすり就寝。

のんきな我らとは引き換えに、看護婦たちは大忙し。
母体は痛みが消えたからのんきに居眠りしてたけど、
実はこのときが一番、ベビ子が危険にさらされていたらしい。
痛みは無くても、相変わらず1~2分おきに陣痛が来ていたからである。
15分おきに、看護婦が私の体の向きを変えてくれた。
無痛分娩にすると、下半身の感覚が全くなくなるので、自分で動くことができない。
看護婦2人がかりで、あらゆる体勢にしてくれた。
そして、さらなるモニターを取り付けたり、私が脱水症状にならぬよう、
点滴を増やしたりと、大忙し。

3時20分、突然、パンっという音とともに破水。
胎児モニターをつけていたからか、風船が割れるみたいな大きな音だった。
生ぬるい羊水がドバっと出てきた。
医療行為が続いていたから、連続しての睡眠は取れなかったけど、
この時間のおかげでだいぶ体力が回復してきた。

破水から1時間経った4時半、子宮口が4センチ開き。
思ったより早い子宮の開きに、私はめちゃくちゃ喜んだけど、ドクターより説明があり、
「胎児が危険な状態にあるため、帝王切開に切り替えるかもしれない」と宣言される。
胎児モニターを確認して、判断するとのこと。

いつになったら判断されるのか?不安に思いつつ、4時間経過。
朝8時30分。子宮口6センチ開き。
胎児が危険な状態から脱してきたとのこと。
なんだかやっと安心してきて、ずーっと見ていた横のモニターから目を離し熟睡。

そして10時30分、とうとうその時がやってきた。
子宮口が全開になったとのこと。
本当によくがんばったね、とドクターに誉められたけど、
正直辛かったのは前段階だったから、あんまり実感なし。

看護婦から、お腹に強くプレッシャーを感じてきたら、プッシュを開始しようね、といわれる。
あまり早くやってしまうと3時間くらいかかっちゃうからね。ということで
のんびりその時を待とう、って思っていたんだけど。

11時30分になって、陣痛のたびに強いプレッシャーを感じ始める。
それを伝えると、OK、準備するわ、とあっという間に色々準備されていった。
このとき、陣痛の間隔は7分。
こんなに間隔があくと、プッシュに時間がかかってしまうため、
今度は陣痛促進剤を投与される。

11時40分、助産師一人でチャキチャキと陣痛室が分娩室に早変わり。
ドクター用の医療器具やら、ベビー用のケア用品まですべてを用意。

「じゃあ、旦那さんはそっちの足を持って」と言われ、私の左足を持ったD氏。
助産師が私の右足を持つ。
陣痛の波に合わせて、プッシュプッシュという合図とともに、息を止め力を入れる。
OKいいわよ~、と言われつつも、時間はどんどん経過していく。
息んでは、陣痛を待ち、息んでは陣痛待ちを繰り返し、
1時間経過。

頭が見えてきた、とD氏。フサフサに生えてる真っ黒の髪の毛が見えたそうだ。
助産師が、旦那さんの髪の毛にそっくりね~と笑っていた。
息んでも、息んでも、一向に進まず2時間が過ぎた頃、
OK、もうすぐよ。という声が聞こえる。
ずーっと立ちっぱなし、私の足を持ったままの助産師とD氏。
さぞかし辛かったであろう。
私も、プッシュに疲れて、酸欠状態になりつつ。

陣痛の波を待つ間に、せっかく出てきた部分も引っ込んでしまっていたそうだ。
やっと3分間隔の陣痛が来て、本当にもうすぐ、となった時点でドクターが呼ばれる。
一気に7人くらいのドクターがぞろぞろ入ってきて、手術用の服に着替え始める。
早着替えコンテストを見ているようで、結構楽しめちゃったりしたんだけど、
早い人は30秒もしないで着替え終わってた。

陣痛の波を待って、再度プッシュ。
プッシュのときは、力が入りやすいように、
妊婦自身も自分の太ももを支えてプッシュする。
D氏が足を持ちながら、もうちょっと、あとちょっと、
もう出るよ、もう出るよと解説してくれてた。
かれこれ、2日半、全くご飯を食べてないから、力も湧かないし、
お腹はぐーぐー鳴ってるし、
もう最後の力じゃー!と思ってプッシュした瞬間、
すごい勢いで私の体から発射されたベビ子。

あまりの勢いに最初はびっくりしちゃったけど、
オワっ、オワっ、という泣き声と、
出てきた!!というD氏の声でわれに返ってやっと気が付いた。

無事出てきた~~

と、思った瞬間に、あふれ出る涙・涙・涙。

実際泣いてたのは私だけで、周りはチャキチャキベビ子ケアやら
裂けてしまった部分の縫合に大忙し。
どんだけ裂けたのかわからないけど、生まれてから30分以上も処置が続いた。
ドクターの説明では、「ほんの少し裂けました」ということだったけど・・・。
麻酔が効いてるから、全然痛くなかったけど、
あっちこっちチクチクされて、引っ張られる感じで辛かった。
結局、プッシュ時間も2時間45分くらい。長引いたな。


わが子。生まれたてのショット。
そして、一人で切り盛りしてたスーパー助産師。


というわけで、26時間にわたる出産体験記。
どんだけの麻酔を投与されたかわからないけど、私もベビ子も元気です。

正直、自分の分娩にこんなに時間がかかると思っていなかった。
そんで、やっぱり出産って命がけなんだな~という感想。

血や痛みに弱いから、立会い出産は絶対しない!と
宣言していたD氏だったけど、
結局最後までずーっと立ち会ってくれて、
私を勇気付けて、足を持って、一緒に感動してくれた。
私の位置からは、血液とかほとんど見えなかったけど、
相当グロイものばかり見たんだろうな。

出産してから、ほとんど眠らず、ずーっとベビ子と過ごしてきたんだけど、
一緒に退院するはずだった今日は、ベビ子に黄疸症状が出ちゃったので
ベビ子のみ、もう1泊病院に入院中。
現在、紫のライトを当てられて寝てることでしょう。

今日はベビ子が私たちにくれた休日だと思って、
二人だけのお祝いパーティー。
そして、一気にブログ更新。

みなさんから、たくさんメールやら、ブログにコメントをもらって、
そして喜んでもらえて、本当に嬉しかったです。
パソコンに向かって号泣し、食事をして号泣し、ブログを書いて、また一人で涙。

長かった妊婦生活、本当にたくさんの人に支えられ、助けてもらい
励ましてもらい、なんとか乗り切れました。
ほんとうにありがとうございました。

明日からは、母親生活を1からスタート。
張り切って、そして楽しんで毎日を送れるよう、がんばろうっと。






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フライング 第二弾 [妊婦生活]

ちょっとさかのぼって、11月中旬頃の話・・・。

West Hartfordにある、『いちばん』という名前の日本レストランに行ってきた。

Japanese Koreanレストランって書いてあったから、
韓国料理も食べれる♪と思って行ってためしに行ってみた。

一応寿司バーとかもあって、Koreanフードも一通りある感じ。
ちなみに店員はすべて韓国人。
D氏、Asahiビールを注文したら、「アサビール?」と何度も聞き返してきた。
江戸っ子か!!と突っ込みたかったが。

プルコギやら、キムチやらを食べ、一応臨月の妊婦だったから、
辛いもの、刺激物は極力食べなかったんだけど。
店員が江戸っ子風なのを大目に見ても、サービスが最悪だったので、
おそらく二度と行かないと思う。

家に帰って、しばらくすると、強烈な腹の痛み。
しかも等間隔。7分程度の間隔であっただろうか。
その日に、ラマーズ法の呼吸法をネットで見ていた私。
タイミングよく陣痛がやってきたと思い込み、
「こういうときは、呼吸が大事なんだよ。」
ひとりで横になり、
ひぃひぃふぅー・ひぃひぃふぅー・ひぃひぃふぅー
と繰り返していたわけだ。

そうこうしているうちに、D氏が、
「腹が痛い」といい始めた。
トイレにこもっちゃったD氏に
「嫁が産気づいてるのに、トイレにこもるなんて」と心の中で非難しつつ、
30分くらい痛みをこらえていたわけである。

そしてまたしても耐え難い痛みが走り、
とりあえずトイレに行ってから病院に電話しなきゃ!と思った私。
こもるD氏を無理やりトイレから引きずり出し、中に入る。

「※~×△▲□☆▽×○☆※~うぎゃー」

ものすごい腹下し。

あまりにひどくて、トイレから出れない。
もちろん我が家にはトイレは一つしか無いわけで、
壮絶なトイレ争いを避けるために、用が済んだ人は迅速に出るってことで。
とりあえず、重いお腹を抱えながら、トイレから出て、
またベットに横になり、1時間強痛みをこらえていたわけである。

1時間すると、D氏が「あ、お腹治ってきた」といい始め、
実は私も腹の痛みが治まりつつあったわけで。

まあ結論はお分かりのとおり、二人で強烈な食あたりにあっていたわけで。

陣痛だと思って、気が立っていた私には言わず、話を合わせていたそうだが、
D氏は、私の痛みが最初から食あたりだとわかっていたらしい。

ちなみに、この『いちばん』というレストラン、
Anseleeにも話したら彼女も知っていたんだけど、
やっぱりサービスが悪かったみたいで、彼女はチップを払わず帰ってきたらしい。

まあこんな感じの腹下し&腹痛で、妊婦時代は、何度もD氏を翻弄していた私であった。


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アメリカで出産 ~事前準備編~ [妊婦生活]

実はアメリカ生活の様々な情報を盛り込んだ
HPを立ち上げた私であったが、公開前に公開するのを中止。

作成に数ヶ月かかり、結構な情報量だったと思うんだけど、
ブログとHPのダブル管理するのが面倒くさくなったんで。

人生何が起こるかわからない。
アメリカでこれから出産する方のために、
記憶が新しいうちに、アップしておきます。

興味のある方のみどうぞ!

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アメリカで出産 ~入院編~ [妊婦生活]

日本で妊娠&出産経験の無い私。
入院するのも、人生で初めて。
一体何を準備したらいいのか?
途方にくれて、バック2つ分の荷物を車の中に常備していた私。

でも実際、そんなに必要じゃなかったのよね。

というわけで、入院するに当たり、準備しておくものはなんだったのか?

興味のある方のみどうぞ。

続きを読む


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