地下化の日に引越しました [日々の暮らし]
7/2 武蔵小山駅地下化おめでとう!!というパルム(商店街)の垂れ幕を見ながら、
とうとう大好きだった武蔵小山から引越し。
すっかり地下鉄になったんで、踏み切りの音も電車の音も全くなくなったその日に引越しというのは、寂しい限りだったけど。踏み切りの撤去とともに、武蔵小山を去る私。
ちなみに7/1とうとう、おやしらず を抜いた。
病院の先生は、30分で終わるし、痛みも腫れもほとんどありません、と言ったから安心していたけど、いざ抜きにかかったら、結局手術時間1時間、レーザーで歯茎を切るという大手術。
記念に歯を差し上げます、といわれ喜んでいただいてきたけど、
ケースに入りきらないほどの大きい歯。そりゃ無理やり抜いたら痛いわ。
歯が痛いけど、引越しの準備もせにゃいかんかったんで、土曜日は死ぬほど辛かった。
歯の話はこのくらいにして、早速実家まで電車移動するのに、地下になった駅から出発。
やはり鉄の血が騒ぎ、用もないのに、駅を端から端まで歩き研究。
電車が地下を走り、西小山からくるのを感動的に見て、
一番前の車両に乗り込み、地下の風景を楽しむ。
武蔵小山から不動前に向かって、1分30秒くらいたつと、旧我が家の前付近を通る。
地下の風景と時計を見比べ、このあたりが旧我が家だ、と感慨に浸りながら、不動前まで。
不動前でいったん電車を降りて、どの部分から地下化にしたのか、を確認。
どうやら、武蔵小山へ向けて、のぼり坂があったのだが、そこを平行にくりぬき、
地下にしたらしい。一人で納得し、次の電車に乗り、目黒まで到着。
そして夜7時くらいに実家に荷物が到着。鉄の私は、目黒線で一人遊びしていたんで、
荷物より遅れて到着・・・。
何年も一人暮らししていたんで、荷物がすごかった。
だいぶ捨てたつもりでも、入りきらないものばかり。
おかげで実家の地下は人が一人通れるくらいのスペースしかなくなった。
実家に帰ってきてうれしかったこと、
モコがまだ我が家に居た!!すっかりうちの子になったモコ。
引越しの最中も、ずーとおとなしく吠えずに待ってるんだ。
やっぱいいな~、犬がいる生活。
そして、渡米まで、JUST 1ヶ月。来月の今頃は、ビキニでローラースケート乗ってるかも!!
ショック ヒデ引退 [スポーツ]
週一ご機嫌のゴスからの帰り、非常にショッキングなメールが・・・
ヒデが引退するってぇ~。byいしりん
ちょうど荻窪駅にてメールを受信。事実だとは思うけど、自分の目でニュースを見なきゃと
3速ギアの自転車を3速超特急で我が家へ帰宅。
あわててHPを確認。やっぱり事実だったんだ。
しかしながら彼がHPにアップしてる言葉の一つ一つが、とっても心を打ったんだ。
(影響されやすい私)
サッカー人生を旅に例え、今までの人生を振り返る。
そして、今回のワールドカップの敗因、自分たちの力を100%出すことができなかったこと、
そのことを仲間に伝えることの難しさ、リーダーシップのとり方などなど、
彼らしい言葉で述べている。
彼がブラジル戦のあと、芝生の上で何を思ったか、4年間をどのように振り返ったか。
何かに真剣に向き合える人でしか味わえない高い壁。
目標が高いからこそ壁も高くなるんだ。
そういう熱い情熱が大好きなんだな、私。
向上心忘れるべからず、というありがたい教訓と、言葉で表すのがもったいないほどの、
熱い思いをHPから読み取れるよ。
お疲れ様でした。そしてこれからは、大好きなサッカーを楽しめる人であってください。
新PCにて キムタクを語る [日々の暮らし]
渡米するにあたり、パソコンを購入した私。
そして、新しいPCをセットアップして、慣らすために新PCにてブログ更新中。
会社のパソコンがDELLだったんでDELLをカスタマイズして購入したんだけど、
アメリカの会社で働くときに、英語キーボードに慣れていないと、使えんと思い、
日本語表示一切なしの英語キーボードに挑戦中。
日本語入力の際、
文字の入力はローマ字入力なんで、なーんにも問題ないんだけど、
文字以外の記号のありかがわからないため、戸惑い中。
”@”の位置とかが違ったり、Enterのサイズが小さかったり、変換・無変換のキーが無かったり、
()の位置が表記とずれていたりと、結構戸惑いが多いんだ。
右手の小指でEnterを押しているんだけど、
その位置が微妙にずれているんで、”「”キーを押してしまったりする。
こんな慣れない状況で果たしてパソコンを日々使う授業についていけるのか?
ますます不安になる。
とりあえず一ヶ月がんばってブログ更新をマメにして、慣らさなきゃ。
そうそう今日会社で送別会をしていただきました。
プレゼント何がいい?と聞かれたのでDVDと答えたんだけど、
ロングバケーション全巻と言ったら予算オーバーだったらしいので、
英会話の先生お勧めの英語を勉強するのに最適な俳優達の洋画を2本いただきました。
みんなありがとう。
ロンバケのDVDセットはコピーしてくれる人がいたんで、ものすごい幸せ。
永久保存版にします。
あまりにミーハー過ぎて言うのが恥ずかしかったんだけど、
勇気を持って言ってよかった。
そしてホント今日は温かい送別会で、私は出会う人々に恵まれているなぁとつくづく感じたよ。
実は隠れ木村拓哉ファンの私、昨日録画したTVドラマHEROを早速夜更かしして観賞。
視聴率は古畑任三郎を超えてしまったらしい。すげー。
続編があるらしいという噂を聞いたのだが、ぜひぜひやってほしいな。
HEROの続編は見れなくても、
ロンバケをアメリカでも見れるなんて、とてもうれしい限りです。うふふ☆
密かな楽しみにしようっと。
ミサイルが飛んできたって? [日々の暮らし]
北朝鮮のミサイル演習の報道にはびっくりした。
7発も発射するなんて。
ブログであんまりまじめなことを書くのもどうかと思うけど、
あまりの衝撃だったんで、意見を述べずにはいられん。
それがすべて陸地に落ちなかったからよかったものの、
ほかの国に向けて発射するなんて、戦争します!って言ってるようなもんじゃないのか?
しかもネットニュースで見る限り、それが失敗だったというのだが、
万が一、1発でも成功していたら、どうなっちゃうんだろうか?って不安になるよね。
今朝の朝ズバで、額賀長官がゲストに出ていたけど、具体的な対策や対応について
どうしてはっきり言わないんだろう?
そりゃ戦略とか機密事項とかいろいろあると思うけどさ、
国民は安心して、日々の暮らしをしていて大丈夫なんでしょうか?
何かとアメリカがアメリカがって言うけど、日本としての主張ってないんでしょうか?
周りのみんなもそれほど騒いでないけど、私にとっては一大事だよ。
そんなおとなしく、忘れっぽい国民性もいかがなものかと思うけど・・・。
経済制裁がいいのか?六カ国協議がいいのか?アメリカの脅しがいいのか?
何が一番の効き目になるかわからんけど、軍事に偏るだけでなく、
あらかじめ情報があったのならば、
もうちょっと危機管理能力があってもいいんじゃないの?
小泉さん!!
対話と圧力の一点張りでは、話も進まんよね。
私が望むのは、平和的解決。
外交カード、ミサイルや拉致は切り札なんていう考え方があるみたいだけど、
島国日本の外交政策の下手っぷりには、びっくりだ。
そんなにアメリカに頼りすぎるならば、アメリカ合衆国に入れてもらえばいいんじゃない?
がんばれ、日本!
Hosanna [ゴスペル]
もうすぐ大好きなゴスペルを辞めなくてはいけない時期がやってきた。
ホントに辞めるのか、いまだにあんまり実感がない。
しかし、それはもうすぐ現実となってやってくる。
あー寂しい寂しい。
今、私にできることは、寂しがっていることではなく、
みんなと一曲でも一回でも多く歌って、自分が一員であったことを実感する
くらいしか、できないんだ・・・。
思い出つくり、その1として、土日で次のゴスペルナイトに向けてのクラスの合宿へ行ってきた。
昼間は海で遊び、夜はバーベキュー、飲み会などなどをして、
日曜日は朝から歌の練習。
めちゃ楽しくって、あっという間に終わってしまったよ。土日・・・。
私の最後の新曲は、HOSANNA(By Kirk Franklin)という歌。
かなりノリノリの曲だけど、とっても難しいんだ。
これが自分たちの満足いくように歌えたらば、涙も止まらんくらい感動するんだろうな。
歌詞はゴスペルらしく、神がいなきゃ生きていけないとか、そういう内容なんだけど、
神を表す YOUの単語を自分の大切に思っているものに変えて歌うと、
格別なんだよね。
今まで歌ったレパートリーもそれぞれ、YOUやGODを友達や家族などに置き換え
気持ちをこめて歌ったけど、この歌のテーマはもう決まってるんだ。
ゴスで出会った仲間と歌うことの楽しさ幸せさを
YOUに置き換えることにしたんだ。
土日にわざわざ集まり合宿に行くくらい、みんなはとっても歌熱心。
っていうか歌うのが好きなんだよね。
また日本に帰ってきたら、ゴスは再開するけど、みんなには、変わらず歌好きで
熱い人々でいてほしいっす。
Hosanna Forever!
劣等感の法則 [日々の暮らし]
私は実は劣等感のかたまり。
絶対他人からみると、自信の固まりみたいに見えると思うし、
よくそう言われるんで、そう見えることは自覚している。
内心、他人がちょっとの力でできてしまうことを、
私は人の3倍以上苦労しないと達成できないと常に思っている。
そういう自分をバラしたくないから、劣等感の固まりであることを虚勢によって隠し続けている。
でも30歳過ぎて、だんだんわかってきたことは、劣等感って自分自身だけの問題で、
物事の捉え方によって、妬みとかに変わっていき、マイナスに働いてしまうこともあるんだ。
だから常に自分にストイックになる、という意味でプラスに働かせないとね。
ex;)高卒のAちゃん 大卒のBちゃんと話をしていた。
Bちゃんが、何気なしに、冗談で、「もう、Aちゃんって何もしらないんだからぁ。」
と、言ったとする。
Aちゃんは高卒の自分にコンプレックスを持っていたとする。
Aちゃんは、心の中で、「何よBちゃんったら自分が大卒だからって!!」
と劣等感から妬みに発展し、Bちゃんは大卒だということで優越感に思っているんだって
思ってしまうんだ。そして、大卒の特権を振りかざしやがって、なんて思っちゃうみたいだ。
冷静に他人が上の例を聞いたら、Aちゃんに深い意味はないと思うだろうに、
Bちゃんの劣等感で言葉が独り歩きしちゃってるよね。
同じような話をしていた子がいたんで、その子に思わず言っちゃったんだ。
それは、自分がそう思ってしまっただけで、まったく深い意味もなく、
逆にその言葉をAちゃんが感じたような深い意味で言っているとしたら、
Bちゃんは本当に気の毒な人だと思うしかないねって。
でもそういうもんだと思うんだ。
人間であるから、必ず誰かと比べてしまうし、劣等感は少なからず持っているものだと思うけど、
逆にそれをプラスに考えられるくらいに思えないうちは、人間は成長しないね。
めざせ!クールビューティー [日々の暮らし]
昨日は有給消化で休み。平日休みなんてほんと 久しぶりだったんで、
思い切って、バッサリいっちゃいました!髪の毛。
ここ数年、ずっとロングヘアでデジパ(自称エビちゃん風?)の緩やかパーマだったんだけど、
日本人らしく、ストレートかつ、黒髪に変身。
クールビューティーな私を目指していたのに・・・
髪が黒く染まったら
ちびまるこ みたくなっちゃってた。
美容院の鏡の前で、悶絶。
どーしよ、どーしよっ明日会社行けないって思って、
恐る恐る美容師さんに
「シャギーっぽくしてください」と小声で注文。
じゃあ、後でやりますね、って言ってくれたけど
美容師さんは、何故かカットよりもカラーを心配している様子。
「ちゃんと染まらないんで、もう一回やってもいいですか?」だって。
「もう、カラーはどうでもいいんで、カットしてください。毛先の動きを見せる感じで」
といってお願いしてなんとか、カットしてもらった。
とにかく、ちびまるこでいなくてはならない時間を何とか短くしてほしかったんだ。
しかしだなあ
ストレートにしたかったのに、妙なくせっ毛ぽくなってるし・・・
4時間もかかったのに、雑誌を取替えに来ないし・・・
シャンプー台で計1時間待たされたし・・・
前髪にデジタルパーマをかけたのに、まったくかかってないし・・・
12000円も払ったのに、時間泥棒&ビューティー泥棒された感じ。
しかも、見た目かなり幼くなっちまった。
クールビューティーには、ほど遠いっす。
びっくり5連発 [日々の暮らし]
その1 会社で引継ぎしていたら、引継ぎ相手のオッサンが、
椅子にのけぞって座り、鼻ホジホジしながら、聞いていた。
鼻の穴にずっぽり入ったその指を、どうするか?と観察していたら、
私が作った資料の紙でフキフキした。
びっくり!
その2 先週から入った新人(22才)社会人経験なし 派遣男
仕事もろくにしないくせに、マイ携帯でメールしていやがる。
少し作業したら、即メール、またメール、またメール・・・・。
めちゃ忙しくってイライラしているところに、
「ハサミ貸してください」と声をかけてきた。
「ハサミはあげるよ。もう明日辞めるから。でもさ、
自分の携帯でメールして遊ぶのやめな!仕事中でしょっ
社会人としての基本だよ。」と言って叱ってしまった。
ものすごい勢いで引かれた・・・。
でも最初からあんなやつ雇う人の気が知れない。
入ったばっかりでああいう仕事態度にびっくり。
その3 知り合いに宅急便を送ってもらうように頼んだ。
時間何時がいい?ってメールで聞かれたから、
6時~8時でよろしく!って返事したら、
って質問された。不思議な世界にびっくり
その4 有楽町から京浜東北線に乗った。ちょうど帰宅ラッシュで混んでいて、
私が乗れるか乗れないか、って時に、
なぜかホームに自転車を押したオッサンの姿
そして、同じドアに自転車ごと乗ってきた。
両ハンドルにドンキホーテの黄色のビニール袋を下げてさ。
当然、混雑している電車、めちゃ迷惑にもかかわらず、
「すぐ降りるんで乗せてください」って
人をかき分け無理やり自転車ごと乗ったオッサン。
東京駅で降りていった。
だったら、東京駅までチャリで行けって。
ホームに自転車、車内に自転車にびっくり。
その5 東京駅で座るためにホームで次の電車を待つ。
一番前に並んだから、座って帰れるぅ、と思って喜んでいた。
次の快速が入ってきて、ドアの前で降りる人が出るのを待つ。
失敗!エスカレータ正面のドアだったんで、降りる人が多くて、
なかなか入れない。
やっと入って座ろうと思ったころには、隣のドアから、大量の人が
車内に流れ込んでいた。
やっと一席見つけて、座ったら・・・・
周りが、すべて中国人だった。
団体の真ん中に座ってしまったらしく、立っている人も中国人、私の両隣も
中国人。すっかり囲まれてしまった私。
大きな声で、わからん言葉をしゃべっていた。私を飛び越えてさ。
そして全員、潮が引くように中野で降りていった。
中央線でのリトル中国にびっくり
私年表~自己満足の世界~ [仕事]
会社を退職!
派遣という立場で辛い思いもした2年5ヶ月、ザ・日本お役所企業での仕事が終わった。
初めての派遣という立場、初めての業界、
用語も技術もみんなが話す言葉もまったくわからない所からのスタート。
~私年表 2年5ヶ月を振り返り~
その1;暇だった頃 2004年2月~4月 ホゲホゲ期
毎日、銀行員みたいにエクセルでお金の計算ばかりしていたあの頃。
派遣って決められた仕事しかやらせてもらえないのか・・とつまらなく感じていた。
唯一の楽しみは、ランチタイム。涙が出るほど笑ったあの頃のランチ。
ホゲホゲという言葉を始めて聞き、ふざけているのかと思ったあの頃。
その2;ビル移転に伴う業務拡大期 2004年4月~9月
パートナーの社員さんが変わり、勤務先の部署統合によりビルが変わり、
静かだった職場が、やっと営業らしくなってくる。
みんなが話す内容が少しずつ理解できるようになってきた頃。
派遣の枠にとらわれず、何でもやってやろう、と意気込んでいた頃。
その3;2004年9月~2,005年3月 日々勉強期
難しい案件に仲間入り、日々技術支援を求められるも、ついていけず、人に聞いてばかり。
自分の無力さを実感しつつ、技術教科書やネットで通信について勉強していた頃。
その4;2005年3月~2005年9月 受注期
なぜか案件がやたら増え、受注案件が多くなり、調整が多くなってきた頃。
パートナーの社員さんが病気になり、異動してしまい一人ぼっち。
人のネットワークや、どこに何をお願いしたらよいのかが見えてきた頃。
仕事もどんどん楽しくなってきて、仲間との結束力が強くなってきたように感じていた。
2005年9月~2006年2月 暗黒期
派遣という立場に悩んでいたころ。
ビックプロジェクトが始まり、各方面に協力要請をかけていたが、
派遣という立場のため、話を聞いてもらえなかったり、邪険に扱われたり
本当に苦しかった頃。
2006年2月~2006年7月 結束期
仕事の悩みを相談できる仲間たち、普段たわいもない話を聞いてくれる仲間たち、
プロジェクトを一生懸命進めてくれるすばらしい仲間に出会え、
ザ・日本企業でもこんな人たちがいたんだと、感激。
辛いこともあったけど、みんなに出会えた自分は幸せだったと感じた。
2年5ヶ月を振り返り、今思うこと。
・業界が変わっても仕事の内容が変わっても、仕事の基本は同じだということ
・後ろ向きになってしまったら、進む方向は後ろしかないんだ、ということ
常に前向きでいられるようがんばることの大切さを改めて実感
・どんな環境でも、自分が働きやすい環境に変えていくこと
・現状に甘んじないこと
うれしかったこと
・めちゃ厳しい料金担当のお姉さまに、最後にほめられたこと
・私が辞めるという話をどこからか入手した他部署の部長さん課長さんなど、
3部署の方から、うちの部署に来ない?と誘ってもらったこと
自分の仕事が認められていたんだと感じ、すごく嬉しかった
思えばあっという間だったような、長い道のりだったような不思議な感じ
日に日に寂しく思うのだろうな。
あの会社の体質は大嫌いだったけど、良い出会いをさせてもらったので、
とりあえず、ありがとうの言葉で締めくくろう。
ザ・日本企業さん どうもありがとう。
みんなありがとう [仕事]
昨日、内輪送別会をしていただきました。みなさんありががとう。
いただいたものは、グループのみんなからの花束、グループを異動された方から花束、
営業さんからお菓子、かとちからゴスペル用コサージュ、
同じグループの子から、キムタクのドラマ全6巻DVD
そして内輪送別会の皆さんからコーチの財布をいただきました。
今まで何人もの皆さんの送別会に参加したけど、
内輪な送別会だけに、本当に温かく、みんなの気持ちが伝わってくる楽しい会でした。
出てきたお料理も最高に美味しかった。
同じグループでずーっと一緒にがんばってきた岡ちゃんとお別れしたときは、
ものすごい子供みたく、二人で号泣しちゃいました。
岡ちゃんは、私が一番尊敬する人で、人間的にも仕事の面でもいっつもいっつも
助けてもらっていて、云わば私の精神的支えだった人の一人。
あまりに突然に私たち二人が泣き始めたんで、周りの人はびっくりしたらしい。
それだけ、お互いに信頼して同じように思いあっていたのだろうね。
どうもありがとう。
二次会参加メンバーと東京駅近辺のイタリアンで終電超えの飲み。
なんだかずっと仕事の話をしていたような気がする。
それだけ、みんな熱いメンバーなんだよね。
最後にお別れしたのは、朝の3時半くらい、タクシーでみんなに手を振ったとき
あーホントにお別れなんだと実感。
別れは寂しいけど、次からは同僚ではなく友人として、みんな、また会いましょう。
といいつつ、今月末にまた会社の飲み会があるらしい。
参加させてもらいます・・・。